こんにちは!
フランス留学中の休日にヨーロッパ各地を旅したMAREです!
ヨーロッパ旅行は楽しいものばかりでしたが、時には胸が苦しくなるような歴史に直面することもありました。
中でも、いろいろ考えさせられたのは、ポーランドのアウシュビッツ強制収容所でした。
この記事では、アウシュビッツ収容所への行き方や予約の方法を紹介します!
そして最後には、私がアウシュビッツ強制収容所に行って考えたことを書いてみました。
最後の感想の部分だけでも、読んでみてもらえると嬉しいです!
また、noteで初めての有料記事を書きました!
ヨーロッパを中心に、さまざまな国々を旅してきた私ですが、
「知識があったから楽しめた!」
という経験、
逆に
「予習してくればもっと楽しめたのに…」
と後悔した経験がたくさんあります。
背景を知らずに訪れるのと、背景を知って訪れるのとでは、感じるものの質も量も全く違ってきます。
かなり長いnoteになっていますが、アウシュビッツにこれから訪れる予定の方には、これだけ読んでいけば、基礎知識はばっちり!といえる記事に仕上がったと思っています。
近いうちに訪れる予定のある方、または、ずっと訪れたいと思っているけれどなかなか機会がない方は、ぜひ読んでみてくださいね!
目次
アウシュビッツ強制収容所とは?
ポーランドのクラクフから電車で1時間半ほどのオシフィエンチムという町にある世界文化遺産。
旧ナチスドイツが戦争捕虜や政治的思想に反する人たちの収容所として使っていた施設ですが、ユダヤ人を強制収容していたことで特に知られています。
アンネの日記で有名なアンネフランクも、身を隠していたアムステルダムからこの収容所に連行され、亡くなる直前でベルゲンに移されるまで収容されていました。

行き方・予約方法
クラクフというポーランド第2の都市から電車かバスで1時間半ほど。
バスなら、クラクフの主要駅から、アウシュビッツ博物館(Muzeum Auschwitz)行に乗ります。
電車なら、Krakow Glowny駅という大きな駅からOswiecim駅へ。そこから20分ほど歩く必要があります。
バスは直行できるため便利ですが、あまり本数が出ていないため、入場枠を選択する際に注意が必要です。
電車は比較的本数も出ており、学生の方は学割も使えます。私は電車を利用しました。
ツアーガイドをつけない場合は入場無料。ただし、公式ホームページからチケットを選択し、入場枠を確保する必要があります。
1つのチケットで、アウシュビッツ強制収容所と、同じ町にあったビルケナウ強制収容所の2つに入場することができます。
ビルケナウ強制収容所には、アウシュビッツの見学終了後、無料のシャトルバスで向かうことができます。
同じ入場チケットが必要なので、なくさないようにしてください。
ホームページからは日本語ツアーを選択できませんが、現在、日本人の公式ツアーガイドの方が1名いらっしゃいます。
中谷剛さんという方で、メールでの問い合わせのみ受け付けていらっしゃいます。
メールアドレス掲載の許可がとれていないためここでは控えさせていただきますが、
「中谷剛 メール」
などで検索すると、すぐにヒットします。
私はそれなりに英語が話せますが、このツアーは日本語で参加して本当に良かったと感じました。
日本語ツアーを選んだ理由としては、細かなニュアンスまでしっかりと理解したいと思ったから。
しかし、参加後はそれ以上に、第二次世界大戦にドイツと組んで参戦していた日本からの視点や、日本における平和教育の在り方など、ただの日本語開催のツアーではなく、日本人に向けてツアーであったことに、何よりも価値を感じました。
アウシュビッツ強制収容所で起きたこと
第二次世界大戦がはじまるきっかけとなった、1939年のナチスドイツによるポーランド侵攻。
アウシュビッツ強制収容所は1940年に、捕虜としたソ連兵や、ポーランドの政治犯・戦犯を収容するための施設としてつくられましたが、のちに多くのユダヤ人を収容する施設として使われるようになりました。
当時のドイツには、優性思想という、劣った遺伝子を排除する思想があり、それに基づいたユダヤ人の迫害を「ホロコースト」または「ショア」といいます。
そもそもユダヤ人とは、ユダヤ教徒を信じる人々のこと。厳密には人種を表す言葉ではありません。
しかし、ナチスドイツはユダヤ人を人種として扱い、金髪や青い目を持たないなどの外見的特徴によって差別をしていました。
アウシュビッツ強制収容所では、ヨーロッパ中から連行されたユダヤ人や障がい者、性的少数者たちが、殺人ガスで殺されたり、拷問や病気によって亡くなりました。
亡くなった人数は諸説ありますが、1945年にドイツが敗戦するまで、130万人がこの町に連行され、110万人が亡くなったという記録もあります。

アウシュビッツ強制収容所を訪れて、私たちは何を学ぶのか
とにかく刺激の強かったアウシュビッツ強制収容所。
これから訪れる皆さんには、それぞれの感じ方や学びがあると思いますが、ここからは私なりの視点で、考えたことを書いてみたいと思います。
責められるべきはドイツだけなのか
ユダヤ人の歴史の説明に際して、ドイツ以外のヨーロッパ諸国でも、ユダヤ人は差別されてきたと説明しました。
たしかにドイツがしたことは許されないですが、ユダヤ人はヨーロッパ各地からアウシュビッツをはじめとした収容所に連行されていました。
もし、ほかのヨーロッパ諸国がユダヤ人を保護していたら、状況は違ったのではないかと思います。
別の機会に訪れた、ラトビアとリトアニアでも、ユダヤ人の歴史を学ぶ機会がありました。
ラトビアは第二次世界大戦下でソ連に占領されていましたが、1941年にナチスドイツの侵攻により解放された歴史があります。
このことから、ドイツ軍を歓迎するムードが広まり、ゲットーと呼ばれるユダヤ人収容区の創設にも協力的な国民が一定数いました。
リトアニアでも同様に、ソ連占領下で、ドイツに対抗しソ連側につくユダヤ人が多かったことから、反ユダヤの機運が高まり、ゲットーが作られました。
リトアニアでは、ホロコーストから逃れるためのビザをユダヤ人に対して発行した杉原千畝という日本領事が有名ですが、背景にはこういったユダヤ人差別がありました。
繰り返しになりますが、ドイツがユダヤ人にしたことは迫害以外の何でもなく、許されないと思います。
しかし、程度の差こそあれ、どの国もどこかの国を恨み、人を恨み、殺し、殺される。それが戦争なのだと強く感じます。
ヒトラーは民主主義によって選ばれた
恐怖の独裁者として悪名高いヒトラーですが、忘れてはならないのは、彼は民主主義の過程を踏んで選ばれた、国民のリーダーであったということです。
なぜ、こんな危険人物が首相に選ばれたのかと客観的に見れば疑問に思うかもしれませんが、もし私たちがその場にいたら、そう判断できるでしょうか?
実際、アーリア系ドイツ人の有権者たちの中には、ホロコーストで得をする人もいたのです。
金融業などについている裕福な人も多かったユダヤ人たちの財産は、収容に伴いナチスドイツに回収されました。
これが国に還元されれば喜ぶ人も多く、企業等は収容者を無料の労働力として使うことができたため、経済的メリットも得られました。
また、障がい者も迫害の対象となったことから、社会保障費も削減されると考えられていました。
歴史を客観的に眺めている私たちは、少数派に対する差別は悪いことだと気づくことができますが、実際には有権者のほとんどがユダヤ人ではない多数派のアーリア人だったことを考えると、カリスマ性のある独裁者に任せておけば安心だと思うのも理解できます。
武装や暴力を使った点で完璧な民主主義とは言えないかもしれませんが、手続き上では、ちゃんと正当な過程を踏んで、首相に上り詰めたのがヒトラーなのです。
これと同じことが、私たちの国で起こらないと言い切れるでしょうか?
政治に無関心でいるうちに、いつの間にか独裁政権に国を乗っ取られるかもしれない。知らないうちに少数者を虐げる法律ができるかもしれない。自分や家族や友人が、虐げられるかもしれない。
80年も前に遠くの国で起きたこととはいえ、私には他人事には思えませんでした。
優性思想は日本にもある
長い歴史の中で、人間は戦争を繰り返しています。
その中で、お互いに殺し殺されを繰り返しているわけですが、特にナチスドイツのユダヤ人虐殺が非人道的と取り上げられる理由の1つに、極端な優性思想があると思います。
敵国の兵士や捕虜ではなく、一般人に、しかも自国敵国にかかわらず、信じる宗教と見た目を理由に大量虐殺をしたという点が、ほかの戦争による殺戮と違う点なのではないでしょうか?
しかし、優性思想自体は、ナチスドイツ特有の思想ではありません。
日本にも、かつては優生保護法という法律があり、障がいがある人に不妊手術をしてきた歴史があります。
なにもドイツだけではなく、この優勢思想に基づいた差別は世界中に存在します。
ドイツを批判するだけで終わらせず、もっと深く根付く、差別思想に目を向けることが必要です。
二度と繰り返さないために
この悲劇を繰り返さないために、私たちは何ができるでしょうか?
長年国土を持っていなかったことも災いし、今もユダヤ人は、アラブ人と対立を続けています。
個人的な感覚では、日本人や私が留学していたフランスには、今起こっている戦争に対して、どちらかというとパレスチナ側に立っている人が多いように感じます。
これはイスラエルに、そして結果的にはユダヤ人に、対抗することを示します。
ところが、ドイツを訪れた時、町中にイスラエル国旗が掲げられていたことに衝撃を受けました。
また、アウシュビッツ博物館の公式ツイッターは、現在のパレスチナにおける戦争がはじまったとき、ユダヤ人たちに思いを寄せる投稿をし、物議をかもしました。
たしかに、第二次世界大戦下でドイツはユダヤ人たちを虐殺しました。
そこで犠牲になった方々に、哀悼と謝罪の意を示し続けることは大切なことです。
その意味で、ユダヤ人国家であるイスラエル国旗を掲げることにも、私は納得ができました。
(掲げるのが国旗である必要があるのかはまた別の話ですが)
しかし、私たちが過去の戦争から学ぶべきなのは、「ユダヤ人を応援すること」ではなく、「戦争をしないこと」「戦争の犠牲になる人をなくすこと」なのではないかと私は思います。
これはユダヤ人、ひいてはイスラエルを応援するべきではないということではありません。
パレスチナ側につくことについても、私は同じ気持ちです。
今起きている戦争を日本から客観的にみている私たちは、どちらかを応援するのではなく、戦争が終わることを願うべきなのではないかというのが、私が常々思っていることです。
もちろん、今行われている非人道的な行いに対しては、批判していくべきだとも思っていますが、行為を批判することと、どちらかをサポートすることは分けて考えなくてはいけないと思っています。
おすすめの作品
アウシュビッツ強制収容所を訪れる前、もし空港や飛行機の中で時間があれば見てほしい作品を紹介します!
おすすめの理由やあらすじは、noteの有料記事にまとめたので、よかったら見てみてくださいね!
アンネの日記
私の親友 アンネフランク
夜と霧
縞模様のパジャマの少年
シンドラーのリスト
マウトハウゼンの写真家
関心領域
以上、楽しいだけではないけれど、訪れる価値は確実にある負の遺産、アウシュビッツ強制収容所への生き方と、行ってみた感想を紹介しました!
より深く知りたい方は、こちらの記事も読んでみてくださいね!